東京地方裁判所 昭和43年(手ワ)5382号 判決 1969年1月23日
原告 小宮清美
右訴訟代理人弁護士 半田和朗
被告 アメシヤ貿易有限会社
右代表者代表取締役 プレスラー・イスラエル
右訴訟代理人弁護士 志立正臣
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し五八〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年六月一日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
被告は、金額五八〇、〇〇〇円、支払人コンチネンタル・イリノイ・ナショナル・バンク・アンド・トラスト・コンパニー・オブ・シカゴ、支払地白地、受取人株式会社若穂囲製作所、振出日昭和四三年五月二四日、振出地東京都と記載した記名持参人払式小切手一通を振出した。原告は、昭和四三年六月一日にこれを支払人(東京支店)に呈示し、支払人をして、右呈示の日と同日付をもってした支払拒絶宣言を記載した付箋を右小切手に貼付させた。
よって原告は、被告に対し、右小切手金五八〇、〇〇〇円とこれに対する右呈示の日である昭和四三年六月一日から右完済まで小切手法に定める年六分の割合による利息の支払を求める。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告の請求原因事実を認め、抗弁として次のとおり述べた。
本件小切手は、被告が株式会社若穂囲製作所から購入した輸出用機械部品の代金決済のため、同社を受取人として振出し、被告の使用人原喜代弘に同社に交付するよう託したところ、原がこれを横領し原告に交付して換金したものである。原告は、原と旧知の間柄であり、本件小切手が右仕入代金決済のため原に預けていたことを知ってこれを取得した。かりにそうでないとしても、原告は、本件小切手を被告に照会すれば容易に右事実を知りえたにもかかわらず、重大な過失によりこれを知らなかったものである。したがって、原告は本件小切手上の権利を有しない。
原告訴訟代理人は、被告の抗弁事実を否認すると述べた。
理由
原告主張の請求原因事実は被告の認めるところであるが、本件小切手は、支払人の支払拒絶宣言が小切手自体に記載されず、附箋によってなされているので、遡求権保全の手続を適法に具備したものということができない。すなわち、小切手支払拒絶の場合における支払人の支払拒絶宣言は、小切手法第三九条第二号により小切手自体に記載することを要すると定められており、小切手につき何らの権利を有しない支払人により小切手に貼付された紙片をもって小切手の一部ないしその延長と解すべき根拠を見出し難い。また、小切手の支払拒絶宣言は、遡求権行使の前提たる小切手の支払呈示と支払拒絶の事実を法定の方式により証明する手段として、公証機関による拒絶証書作成の方法と並んで特に認められた制度である以上、可及的にこれと同等の証明力を担保しうる方法によることが要請される。ところが、銀行等の小切手支払人は、その証明機能の点において、正規の公証機関とは格段の差異があり、後者の場合には、拒絶証書謄本の制度(拒絶証書令第八条)により拒絶証書滅失の際の制度的保障が存し、このため附箋による拒絶証書の作成(同令第三条)をしても支障を生じないが、かかる制度的保障のない前者の場合に剥離滅失の危険のある附箋による支払拒絶宣言を許容することは、その証明力を低減させ、均衡を失する結果をきたすのであり、その他前記小切手法の明文を排除し、これを拡張解釈すべき合理的根拠に乏しい。したがって、本件の附箋になされた支払拒絶宣言は、遡求権保全の手続として不適法である。
よって、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 尾崎俊信)